太平洋戦争末期、米軍の空襲で10万人が犠牲になった東京大空襲から、本日3月10日で80年となりました。大きな被害をうけた東京・下町の各地で追悼行事が行われます。この空襲を機に全国各地の都市に焼夷弾が落とされ、終戦まで各地が焼け野原となりましたが、被害の全容は今も分かっていません。
1945年3月10日未明、米軍のB29爆撃機約300機が東京・下町の市街地に焼夷弾33万発を投下し、現在の墨田、江東、台東各区を中心に約40平方キロメートルが壊滅的な被害を受けました。一夜にして10万人の命が失われ、なんらかの被害をうけた方は100万人に上るとされています。
空襲の経験者は高齢になり、悲惨な経験を次の世代に語ることができる当事者は年を追うごとに確実に少なくなっています。一方で、最近になっても当時の写真や、空襲の爪痕が残る遺構が見つかって公開されたり、首都が襲われた被害の風化を食い止めようという動きも出てきています。